d r o p s .
    
... 2003-02-25  
昭和三十八年元旦、東京新聞に掲載された井上靖氏の一篇より抜粋。

愛する人よ、/夢見なくてもいい。
去年のように、/また来年そうであるように、/この美しき春の陽の中に、/醒めてあれ。
白き石のおもてのように醒めてあれ。



永久凍土の肝も持つひとの厳粛さが、孤独な鈍けき鏃となり懐に飛び込んだ。鏃は血潮に捲かれ、炭に代わり胸の奥を熱く清め熱く熾す。
泣いてしまう。前を向いたまま涙を落とす。雫を陽が白く散らしていく。ぽつり、ぽつり、と。
    
... 2003-02-23  
雪が降る。地に触れつぎつぎ溶けてゆく。春はどこまで春はそこまで。陽は名残りを惜しみ暮れてゆく。根雪も日毎に薄皮を剥がされる。どすん。背後で屋根から雪が落ちる音を聞く。冬の最終章。白牡丹の雪片を落とし幕はひかれゆく。

スーパーの生花売り場に桜の枝が売っていたのだった。書かれていなければ桜なのだとわからなかったし、ソメイヨシノやらなにやらなんてどうでもいい。だたその枝に惹かれた。枝はしがな一日灯のともる部屋にあり、少しずつ桃色の蕾みがふくらみ薄いごくごく薄い桜色の花をつけた。
さくらさくら、鼻を近づけても匂いはしない。それでもじっとしているとかすかに、樹、を感じる心持ちになる。可憐な花を持つ木の奥にある芯の強い感覚。
併し暫くして花びらは薄茶にしみったれ皺々と首をたれさげはじめる。風がないのだ。若しくは散らせるほどの何かが。切られた枝ならば口唇に咥え踊り舞えばよかったのか。
やっきになってくしゃくしゃのしみったれた花を端から摘んでいく。
手のかかるところまで、めめしいところまでおとこみたいだ。


桜の樹の下に死体が埋まっているはずがない。
    
... 2003-02-20  
美辞麗句を使うわけでも流麗華美に飾り立てるわけでもない。ただ真っすぐで透明な意思をとつとつと伝えてくる。
恋人は如雨露を持っているのだ。煌めくあたたかな雫をたっぷりと撒くひと。
楽園へいこう。
    
... 2003-02-18  
ウィークエンドだし遠くに居る恋人とはこんな日にこそ会いたいのに、ベッドの中で枕に顔を沈めているゴールデンタイム。頭痛を我慢しすぎてしまった。或いは頭が痛くない日のほうがめずらしいなどという僕の考えが甘かったのだ。(いつもと痛み方が違う、片頭痛?)とは思ったが、祭日やら諸事情も重なり(安静にしていればそのうち)とたかをくくっていたのだ。

バレンタインデーの朝。ぼぞぼそと会話、風に軋む何処かのドア、誰かの足音、耳に届く全ての音にもはや耐え切れない。光も眩しすぎる。両耳を両手できつく塞ぎ嗚咽をこらえ部屋の隅でびくびくと震えていたところを、ちょうど休暇を取っていた母に発見され病院に担ぎ込まれる。
「うむ、片頭痛でしょう。今、発作時によく効く薬があります。すぐ飲んでくださいね。」
耳を閉じたり開けたりついでにサングラスもかけたままの奇妙な患者を前に、先生はひそひそと話しかけてくれたのだった。
「我慢しないように。」

そのまま家に帰してもらいながら薬を飲んだら猛烈に眠くなる。知らない間にベッドで眠っていて、目覚めたらあの痛みは遠のいていた。時間にしたら一時間半ほどのものである。すごい薬。
時計の針は午後三時半を指している。打ち合わせは四時から。
「いかなくっちゃ」
ふらふらと起きざっと顔を洗い出かける。世界はふわふわとしている。薬はまだ効いているようだ、これなら大丈夫。

途中で恋人にふわふわと荷物を送り、打ち合わせ場所に着くと辺りはバレンタインデー一色。(うーむそうだ、相手は男性でもあるし)と思いふわふわと一個買っていつものところで待つ。
「いやあ、すみません。遅れちゃって、ふぉっふぉっふぉ」
「いえいえいつもお世話になってます」「あ、コモオダさん。ちょっとしたものですが、どうぞ」
「ええ!すみませんねぇ気をつかわないでくださいよぉふぉっふぉっ」
「いえいえー」「実はチョコじゃないんですよ。キャンディなんです」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
「ほほほほほ」

とかね。とかね、とか言いながらこの仕事が好きなんだろうなあ。


断線したヘッドホンして目覚めたら春
恋人と会うときがいつもバレンタイン
    
... 2003-02-13  
六方へ放射状に飛び出た棘。それぞれの棘は秩序立って(或いは意識的に)羽根のついた矢を形成する。注意すべき点をいくつか。あらゆる角度から見ること。のし餅面、つぶれた金平糖面等どこにでもありそうな顔を持つため。見る態度は速やかに。留め置かれるという情熱は致命的なのだ。

硝子の赤い器に水を張り、薄水色の雪の結晶のキャンドルを浮かべる。白い机に映る器越しのほのあかいひかり。雪の上で揺れるほのお。いつもの青白い顔は欲情したかのように赤く染まり、目だけがギラギラと落ち着かない。
ジュ。
絶頂の瞬間、芯は水の中へと沈んだ。闇の中へ。
    
... 2003-02-04  
オレンジ、イエロー、ミルク色。やわらかな匂い。きらきらしてるよ。あらこれは女力アップの魔法のオイル?たくさんのあったかい贈り物をもらった誕生日。決して驚かれず相応に納得してもらえるような日々を過ごしていきたいとあらためて思う。
そして立春。
    
... 2003-01-30  
北風が吹く。東からも西からも南からも風。あれは結び巴、あれは一つ浪の丸。舞う雪は路で擦られ白波を描く。足元をころころと流れさる雪。雪。白い風紋。
あ、八重山桜。花弁のひとつぶは手のひらで消えてしまった。ふたつみっつと散ってしまった。
髪飾りにしたらさぞ美しかろう。くくれるのは蜘蛛の糸しかあるまいて。
    
... 2003-01-25  
洗面所。凍みついて開かない窓。湯気に曇った鏡を袖で、一、と拭き、のぞき込む。三重に落ち窪んだ左目。二重の右目。全体はぼやけてわからない。
微妙にぶれている。冷静に過ごしているおんなを冷静にみつめているおんな。僕と僕を収めようとする間に僕はこんなに首が伸びてしまった。

目覚める時に溢れるみずうみ。
そうだったのか。
首に残る汗がべとつく初夏でもなく雷鳴に耳を塞いだ秋でもなく、真冬の、凍った空気が息苦しいこの大寒の頃の思いを、何度も何度も背中にしょいなおしていたんだ。まんざらでもないや。
愚者のカードは大切に懐であたためて。
    
... 2003-01-11  
ペンキ塗りたて、のようなもの。
と、踏み込められていない田畑を指差す。
生クリームのデコレーション、のようなもの。
と、道端の方へ指を伸ばす。
車窓から眺める。雪は表面だけ少し溶けてそのまま冷たい氷になった。

諏訪湖は全面結氷している。予報では五年振りに御神渡りが見られそうだという。その時、神の足音は僕の耳に届くのだろうか?

六日のナダニッキに引用したランボーの一節についてうまく表現できずに"境目"とだけ言葉にした意識は、松岡正剛氏の千夜千冊『イリュミナシオン』アルチュール・ランボオのページにクリアな指針が示されているようだ。

割れる氷の音、或いは尖塔の鐘の音、或いは、を想って耳を澄ませてみる。
    
... 2003-01-11  
モスバーガーでクラムチャウダーを食べる。冬のモスではいつもそうだ。コーンスープもカレー風味かぼちゃスープもきいろくていかにもおいしそうなんだけど、「クラム、チャウダー、と、」で下を向いてはじめる。

あの時だってそうだ、布田駅前のモスバーガー。コートを着たままクラムチャウダーを飲んでいた。白くてあたたかいミルクのスープを、くる、と一口、くる、とかき回して一口すすっているのだ。

ふいに落ちてきた過去の蜘蛛の網にひっかかってもがく。思い出すのは切り取られた風景ではない。楽しかったとか嬉しかったとか悲しかった辛かったとかのよくわからない感情だ。身体と自分自身が半分ずれたように感じる。あの頃だって幸せだった、その中にある欠落した記憶。僕が、ぶれていく。

「クラムチャウダー、と、イタリア風メンチフォカッチャ、ください。」

チャウダーは美味しい。フォカッチャのソースももちもち感も美味しい。
ずれたところを元に戻すのだ、美味しい、と、食べることで。
    
... 2003-01-08  
ボインなくちづけ。

資生堂のピエヌ、初春に登場する新製品のキャッチコピーだ。
ボインなくちづけ。
去年のクリスマスに恋人が宮沢りえちゃんレッドの口紅をプレゼントしてくれたのだった。嬉しいなあこれ欲しかったんだよ。唇の色に馴染むレッド。それだけで自然に華やぐ。
でもね、きれいでいたい、もっともっと。見かけも磨く振りをして本当は彼を求めている。この際、隠れている胸のボインは棚に上げておく。飽くなき欲求、それが女ゴコロというものね。
このレッドなら、そうね、白い透明なパールグロスで矯正してみよう。角度によって桃色を帯びた色を反射するはずだ。ピエヌのラメやパールの品の良さは、普段使っているブランドなのでわかっている。
ぶるるんっ、の、くちびる。

たらこでおちゃづけ。
    
... 2003-01-06  
大江健三郎氏曰く"生涯だたひとつだけ"書くと決めたファンタジー「二百年の子供」の連載第一回をY新聞土曜日の朝刊で読む。
−「三人組」がどんな子供たちであったか?まずそれをいくらかでもいっておくなら、めいめいの<好きな言葉>をあげるのがいいと思う。子供が好きな言葉は、たいてい、いつまでも同じじゃないけれど・・・−
蓋然性を試すような冒頭からはじまる物語は、強調や間の取り方、展開の仕方といい、楽譜を追っていく心持ちがしてくる。そのうち音楽が鳴り出すのかしら、"本当に見たいとねがっている人や<もの>"の音が。わくわくするよ。

日曜日は読書面の「時の栞」欄を大抵かかさず読んでいる。今回は平野啓一郎氏がランボー『地獄の季節』に関わる随筆を寄せていた。引用されていた一節からいっとき目が離せなくなったのだった。
−行為は生活ではない、一種の力を、言わば、ある衰耗をでっち上げる方法なのだ。−
境目を思って途方に暮れている。
    
... 2003-01-03  
小雪が舞ったり薄灰の雲が広がったり白がいろいろのお正月だ。寒いね。
    
... 2003-01-02  
ジョジョが死んだ。

十一年前、二子玉川のペットショップ。「里親探してます」と張られたゲージの隅っこにいた雉猫が気になったのだ。じっと丸くなっているさまはまるで岩礁だ。抱くと弾けて瞳はスーパーボールの如くきらきら瞬く。ひとめぼれしてもらいうけた手のひらサイズの猫だった。

一人暮らしのワンルーム、いつも迎えてくれたのは彼だった。過労で体を壊した時は彼だけを抱えて実家に帰ってきた。それからジョジョは家の猫になる。猫は家につく、といわれるが、本当に家の人にしかなつかなかった。
十一年間病気という病気もせず、臆病なところ以外は手はかからなかった。昨日だって普通に食事をしストーブの前でごろごろと喉を鳴らしていたのに。最後に「にー」と鳴いて眠るように死んでいった。最後まで大人しいいいこなんて、ばかだなあ最後くらいもっと鳴いていいよ・・・ううん、それがジョジョなんだね。

吃驚して突然失恋したみたいに僕は泣いちゃっている。でもね、思い出してごらん、ジョジョと一緒の時は僕はいつも笑っていたじゃない。だから笑おう。笑って送り出そう。
「今までありがとね、ジョジョ」
    
... 2003-01-01  
立ち止まったり振り向いたり、思考と感情があっちこっちシフトしちゃってる時でも、踏み出そうとするんだろうな、きっと。まえへ一歩、そこへ一歩。

思い出せないことをあまり考え込まないようになった。いやだいやだと振られ落ちた破片は体の奥のどこかの一部になじんだのだろう。有漏んな欠片という部分で。

ナダで迎えた新しい年。どうか平和でありますように。
今年もよろしくお願いいたします。
    
... 2002-12-24  
「つむじ風食堂の夜」を懐に抱えたのは先週のことだった。予約しても発売日に手に入れられないこともあるだろう。いたしかたない。僕にとってクラフト・エヴィング商曾関連の本はもはや良し悪しを超えた存在なのだ。
再生紙100%の紙袋からそうっと取り出し、表紙の星にすうるりと視線を落としたまま、墨液なボクテキなくろだ、なんて言葉が口をつく。星にだって手が届くーこれから、ららら、先は僕のものー、調子に乗っている。意気揚々とひっくり返した裏表紙をみて、ごくり、と、息をのんだのだった。
「・・・まいりました。」

オセロ本。題名じゃなくって通称で呼ぶことができる本なんて、なんかいいなあ。

師も走り方が押し迫ってくる時にかぎって読みたい読みたいビョーキになるのはどうしてなんだろう?前倒しで進めている諸事が吉とでるか凶とでるか、生活とはスリリングなものだ。
    
... 2002-12-22  
カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」の空間の形を読んでいたはずが、意識は別の場所に飛びおりていた。

懲りていたのだ、恋をしたいともしないとも思えなかったのに、しんしんと彼を好きになり当たり前に恋人になり自然に同じ時間を分かち合っている。彼に会えたことは運命というより自然なの。出だしはタ・タ・タ・ターンじゃなくてコンニチハ!なんだから。それにしんしんと雪が降るのはここでは当たり前のこと。
僕と恋人はそれぞれの平行線に沿って追いかけっこしている。線は勿論曲がったりねじれたりしてるから、くんずほぐれつ、の方向から見たい。背中ごしの場合もあるけど。たまには、線は或る点に向かって収束していくのかもしれません、なんて気が遠くなる空間で希望的観測もしてみる。

きっと恋人もそう思ってる。カルヴィーノの本との出会いも彼から渡された一冊の本だったのだ。
    
... 2002-12-15  
アウトレットショップへ向かう道のりは、湖畔端をぐるりと半周する。
軒先からこぼれるつらら。雪の歩道をゆっくり歩いていく犬を連れたおばさん。助手席の窓から流れていく本格的な冬の景色に目が離せなかった。
まっしろな八ヶ岳を見る。なんて美しいんだろう。怖いくらいに。
透き通る薄い色をした空を見上げる。なんて美しいんだろう。頼りないほどに。
真冬日の晴天は月までも白い。

気軽にかぶれそうなハンチングを買う。
    
... 2002-12-04  
寒気がする。頭痛もかなりのものだ。風邪?昼間雨に濡れなければよかった?ああ、ここのところ(といっても二日あまり)寝れなかったのはそういうことだったのか。
いつもの時間に恋人は現れない。じゃあ明日もね、という会話だけで今日の今を待っている。早くあいたい。話ながら横になりたい。
そうね、仕事が長引いているのかもしれない。あと四十分、四十分だけ待とう。電話を入れようにも恋人の電話は壊れていて鳴らないもの。寒い。膝掛けを胸のあたりまで引きずりあげた。
程なくして携帯が震える。恋人から不在の連絡だ。
ぽつんとする。いままでなら寂しいと左前の気持ちになっていたがもう違うはずだ。頭が痛い。少し深呼吸して反芻する。「恋人から電話がきた。出先だから真面目な声だった。彼はそこにいる。」思いの丈で飲み込んでしまわぬうちに事実をきっちり抱きしめる。事実の中に真実は隠れているものでしょう。
そして手っ取り早く彼に応える術は、お先に「おやすみなさい。」
    
... 2002-12-01  
無造作に纏め上げた洗い髪を乱暴におろし、そのまま出かける。午後になって少し暖かい雨が少しずつ降りはじめていた。化粧はしなかった。グロスさえつけていない。茶色のニット帽を目深にかぶる。

結局プルーストは読みきれなかった。「花咲く乙女たちのかげに」篇で平行読みなんてしちゃったから。今回はいったんお返しする。
図書館もこの頃はネットで予約してカウンターで受け渡しをするというシステムを利用するので、館内をぶらぶらと歩いたのは久しぶりだ。「エリック・サティの詩集・・・?」思わず手にしたそれは、デッサンの線と譜面の点にいろどられた宇宙だった。なんて素敵なの!でも僕は譜面が読めない。その分CDを聞きながら詩をうたう姿を想像して、のぼせる。他にカルヴィーノとムーミンじゃないトーベ・ヤンソンを借りる。

デイビッド・リンチ監督の最新作「マルホランド・ドライブ」を見て迷走する。進むほど話がこんがらがる。テープはねじれにねじれたメビウスの輪?
TUTAYAにいくと旧作が百円で借りられる日だったので、ぐずぐず棚を眺めたあげく六本のDVDを選んでしまった。「日の名残り」も「ハリーポッター」も・・・あはは、早起きしなくちゃ。

思わず涙目の新譜:Mr.Children「HERO」
    
... 2002-12-01  
電話や手紙で伝えないことはメールにしたためないし、隣人や友人とのおしゃべりにのぼらないことを特に書いたりしない。
ネチケットというより、たとえばそれは筋の通しかた。
    
... 2002-11-30  
リホーム話が具体的になるに従い、建築やインテリアに興味を持つようになる。Mがアーキテクチャーデザイン雑誌「X-Knowledge HOME」をおもむろに差し出さなかったら縁があったかどうか、だ。実際我が家へ応用できるなんて思えない世界なんだけど。
ル・コルビュジエのロンシャン教会、フランク・ロイド・ライトのカウフマン邸(落水荘)、そして今日は軽井沢にある内村鑑三記念堂(石の教会)の写真の前に釘付けになる。
建築美は言うまでもなく、なんだろう、生活感(有機的といったほうがいいのか)がある建物はそれ自体がなまなましい。興奮すると拡がる鼻腔がその家のもつ生温かい人間臭さまで吸い込んだ感じ。有無をいわせない厳粛さがそこにはある。
軽井沢なら遠くない。楽しみがまたひとつ増えた。
    
... 2002-11-28  
先週末は友人らと談笑。三年、いや二年振りだ。楽しい時間はあっという間に過ぎる。また会う約束をして手を振った。

いちかばちかでネットで買ったオーデトワレは正解だった。出かける時の三回に一回くらいは着け忘れていくけれど、ようやく自分の好きな香調がわかってきたようだ。とどのつまり判断するポイントは、名が体をあらわしているもの(その逆もまた真なり)。流れるような四角とかなだらかな丸とか。

明け方就寝。寝付けないことを気にしないのは本を読むからだ。
    
... 2002-11-18  
思うにランディさん江國さん、久世さんくらいだろうか、エッセイだって買って読んでしまうのは。自分でもばななさんのエッセイを読んだことがないのは意外だったけれど。春樹さん自身の小説よりも翻訳ものを読んでしまうのと案外おんなじ理由かもしれない、たぶん。
先日、川上弘美の「あるようなないような」が文庫化されていたので買っていたのだった。「ゆっくりさよならをとなえる」より前に出ていた川上さん初のエッセイ集。読んでも読まなくてもいいような心持ちで読み始める。「なまなかなもの」から「頭蓋骨、桜」へ変わる空白に、足は肩幅の休めの姿勢、背筋を伸ばした腰に勢いよく両手を添えてこっこっこと笑っている自分を見たのだった。
なんだちゃんとつくれるじゃないか、自分の容れ物。
そういえば尿瓶を最近目にしなくなった。

今日買った本:遠藤周作「わたしが・棄てた・女」
    
... 2002-11-18  
砂漠とか荒野みたいな処に佇んでいると三六〇度周りが見えすぎて(本当はそんな気がするだけなんだけど)途方に暮れることが間々あるの。たぶん今がそんな状態。諦念の祈りも当たり前になればなるほど早口で済ましちゃうから焦燥感の影だけに怯えるのかしら。
なかなか好くならない体調にひしがれて、今日も言葉だけの恋人を前にして泣いていたし大丈夫じゃないみたいなんて言っちゃった。ちんちんふりまわしてへらへらと走ってくる(ここは恋人からの引用)彼の姿を見た瞬間に吹っ飛んでしまうくらいの大丈夫じゃなさなのは頭でわかっているのに情けない甘え方をしてるよ僕は。彼はすかざずこう応えるの、ここにいるよ、って。
傍にはいない。当たり前すぎることを自然に伝えて思い出させてくれる。すきやあいしてるなんかじゃないんだよね。そう、これなんだな。
大丈夫だよ、僕もここにいるんだよね。だから近いうちに会おうね。

図書館で借りたのはプルースト。まず手始めに「失われた時を求めて」の要約版から。観念的だけど漠然とした風景が忽然とすごく浮かんでくる。果たして理解できるのかわからない。面白く読めれされすればいい。

気になった本:大道珠貴「裸」
    
... 2002-11-14  
春一番が吹いた頃から一週間いや三日でもいいからまとめて休みを!と妄想し続けている気がする。「休日休み余暇」その類の言葉を呟くトーンはもはや呪文に近い。
先日かの野口悠紀雄氏の"超整理手帳2003年度青カバー版"を購入。この蛇腹レフィルは使い勝手に関心するばかりでなくデザインもよろしいと思うことしきり。本日、週間スケジュール十二月二十四日の欄に納期予定の付箋紙を張った。それまでそしてこれからのスケジュールは敢えて言うまい。

午後には雪が舞う。

覚書:
月と波のカレンダー
吉田篤弘氏の新刊十二月刊行予定
一週間以内に図書館へ予約本を受け取りにいく
ディカフェ豆
    
... 2002-11-04  
朝六時頃舞い始めた雪は瞬く間に吹雪き、屋根を地を濡らしている。
来年も実りますように願いを込めてとり残された一個の渋柿の実。振るえているのは風のせいだ。葉が落ちてしまった今では宿り木にはならない。食べられるまでに晒されてもいない。
積もらない。
今年初めての雪。
    
... 2002-10-31  
esbooksのサーバは重くありませんか?
書店をオープンしたのはいいのですが、なかなか(特に夜になると)繋がらないのです。UPもままなりません。どうしたものか。

アマゾン・アソシエイトへ登録できましたので、そのうちこちらへ移行します。読書、積読メモページ等もちろん画像付きで。
    
... 2002-10-31  
細胞を縮めて抜ける風。雪を撫でて降りてくる風を皮膚が感じ取る。
「まさか」
至急の打ち合わせで外出する。風の冷たさに背を丸め転がるように歩いていたら雨が降り出した。
「霙まじり?まさか、ね」

帰宅してニュースを聞くと近くの峠でも初雪を観測したとのこと。冬は突然やって来たのだった。

「充たされざる者」を読了した勢いでギューギューと重厚な本が読みたいと買ってきたのは大江健三郎の「憂い顔の童子」だ。平野啓一郎「葬送」にしようかどうか迷い、読んだことのない大江表現法に挑戦することにしたのだった。民話調の出だしの第一章を読んで、この後も面白く読めることを思いうきうきしていたのだが「憂い顔の童子」が「取り替え子」の続編であることを今日偶然知る。唸る。続編から読む(読んでしまった)というのも・・・うー。唸っている。
そうだ「インストール」(綿矢りさ)を読もう。とにかく読みたいのだ。読もう読もう。
    
... 2002-10-25  
上下巻に及ぶそれは分厚い本だったからなのか、―わたしたちの時代は蘇生しうるのか―の帯文を目にして猶予が欲しかったのか、とにかく何冊も貸していただうちの最後に読み始めたのが「充たされざる者」(カズオ・イシグロ著)だった。

毎晩夢をみるのだ。過去の何者かが気配だけを残して行ってしまった部屋で泣くこともできず取り残されているというストーリーは昨晩で何度目だろう。眠る度に夢をみているのだ。忘れられない夢は現実を引き摺り回す。

「充たされざる者」は夢遊人だから多忙極まりない、面白い。タイムスリップやらテレポテ―ションをする場面展開はそのままで夢だ、なんて面白い。
それが「夢でよかった」とうめくような物語りであることが、逆に「見据えること」と聞かずにはいられなかったのだろう。

抱き枕の代わりに充たされざる者を抱いている。

物語に囚われ何時しか僕は眠っていた。うなされずに。

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