スノードームに降る花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃僕は蒼色の水中花を作るのに夢中だった。

「男の形をした水槽があるのだが、評判が悪いので問屋に引き取ってもらおうか、どうしようか」という駅前の金魚屋のうわさを聞いて、水槽は格安で手に入れた。

手を曳いてずるずると引きずって持ち帰り、人目に触れない自分の部屋の月光があたる窓辺に座らせ、目一杯に僕のレシピの愛液で満たした。僕が作った透明感のあるさらさらしたシロップみたいに甘い愛液は、上手い具合にちょうど男の容積分だった。

凍てついた心の底に咲いてはポトンと落ちる五弁の緋花を、壊さないように息を殺し慎重に救い上げ、傷がないか欠けてないか確認した後、水槽の中にそっと沈める。

慣れないうちは、強く握り締めて壊してしまったりうっかり落としたりした。それらは息抜き用に花占いの花弁になって散った。

 

"僕はあのおとこをあいしてないあいしてるあいしてないあいしてるあいしてない"

 

愛液が蒸発して減った分は、涙を汲み置き適温にして満たした。これも幸いに涸れることはなかった。

花は多年草でひっきりなしに咲き、緋色の花を落とし続けた。僕はその度に拾い上げ男の中に沈める。水槽の蓋を開けるのには合言葉があった。

 

"僕はあのおとこをあいしてるあいしてないあいしてるあいしてないあいしてる"

 

毎日毎日休むことなく花を拾い愛を唱え蓋を開け花を落とす。体温と同じぬるい液の中に腕をつけたりだしたりつけたりだしたり。単純な作業の繰り返し。いつしか僕は部屋にいるのか水の中にいるのか男の中にいるのか僕の中にいるのか一体どこにいるのかわからなくなっていた。こんなに夢中になるのは何か意味があったのだろうが、何をしているのかどうかさえもわからなくなった。

 

―どっちでもいいのでしょう。

そう手を休めた瞬間、僕は正座をして、ここに、居た。ひと呼吸してから窓辺へ視線を映す。

三日月と星々の光に照らされた僕の水中花は見事な蒼色に完成していた。

水槽の肩を揺らすと、透き通った蒼い花弁が吹雪の如く舞い上がり、散り沈んでいく。

雲ひとつなく綺麗に冴えわたった初冬の宵のことだった。

 

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