p・i・e・r・c・e・s
クリスマスの朝、ピアスをなくした。
右も左も、両方ともなくしてしまった。
雪の結晶の形をしたピアス。六方に放射状に枝が伸びた氷の華のようなそのよく見知られた結晶が、私は大好きだった。アクセサリーショップに立ち寄れば必ず探していたのだが、ある日偶然電車の発車時刻までの時間つぶしに入ったショップで見つけたものだった。
普段身に着けるどのものよりも安物だったが、惑うことなく私はその結晶のピアスを手に入れた。
その年は、それからどこに行く時も、ずっとそれを着けていた。
彼の部屋でシャワーを浴びた後に、右耳の穴がすうすうしていると気付く。濡れた髪をタオルで拭こうとした時だ。はずし忘れていた。熱いシャワーと共に排水孔に流され溶けてしまったに違いない。反射的に左の耳たぶを触る。
(こっちには在る)
と思ったがそのまま髪を拭いた。タオルに引っ掛かって取れてもかまわなかった。片方だけあっても仕方がないのだ。片ピアスはできない。私の耳を飾り付けるピアスは左と右、対になっていないと可哀想だ。このまま左だけに残ってしまったら、それから出掛ける日は一日中、憐れな右の耳たぶを持て余し、弄りまわすことだろう。
無意識に普段に増して勢いよく拭いてしまったのだろうか。髪を拭き体も拭き終わった後には、ピアスは両方共なくなっていた。
「ピアスなくしちゃったみたい」と言うと、彼は辺りを探そうとしてくれた。「見つからなくてもいいの」と制したのは私だった。濡れた私を拭いて白く湿ったタオルが、くしゃくしゃと落ちているだけだった。
一片は溶けて消えてしまった。もう一片は何処へ飛ばされたのだろう。彼の瞳に飛び込んでしまったの?私の胸に突き刺さってしまったの?
どちらにしても私達は、泣く恋人だった。逢瀬を重ねる度に必ずどちらかが泣いていた。想いも、予感までも、泣くことでしか伝えることができなかった。
「逢っている時も、離れている時も、つらいんだ」と言って彼は泣いた。彼は私を映す鏡だった。「それは、たぶん、ずっとね」と言って私が泣いた。私達はピアスと引き替えに涙を流す謎を解いたのだった。
お互いの体に入り込んだ雪の欠片は、互いの私でも彼でも、他の誰でもなく、自分で溶かすことができるだろう。私達は泣けることができるのだから。
朝早く彼と一緒に彼の家を出る。まだ冬の弱い日差しに寄り添いながら、私達は繋いだ手を離し、別れた。低い陽が地面に反射して眩しくて、彼の顔をよく見ることができなかった。家路を戻っていく彼の姿は、潤んで白く消えていく。
泣く彼と泣く私が、彼の部屋で過ごした最初で最後の夜は、微かにオリオン座をみることができる空の下のクリスマスイブだった。
あれからいくつもの時間は流れ、私は殆どピアスをしなくなってしまった。ただ、いまでも、雪の結晶を探している。その形ならば、永遠への想いを冷めやかに結実して、私は飾ることができるだろう。
©Copyright 2001 soupooh(WOGUCHI,Tohco)